
◇「あいしくらぶ」の歴史
▼ 1974(昭49)年10月20日川村歯科にメンテナンスにこられている有志10数名が大阪のホテルの会議室に集い、「口の健康」を管理するためのグループ結成について初の懇談会を行いました。席上、私はグループ設立の趣旨について基本コンセプトを説明、全員の賛同を得ました。
翌年1年間にわたり数回の会合を持って積極的な準備活動を行い、1976年(昭51)4月25日に正式に設立発足の運びとなりました。会の名称は「口腔情報センター・あいしくらぶ」と名付けられました。「歯を愛する人たちの集い」という思いをのせたのです。
設立当時のメンバーは538名でした。1995(平7)年でちょうど設立20周年を迎えました。
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この間メンバーのみなさんの協力で「あいしくらぶ」はすばらしい成果を上げることができました。システムとしての機能、疫学的データなど当初意図した目的は他に例を見ないほどの成績を残しています。
▼ また、メンバー相互のクラブ活動も活発に行われました。講演会、音楽会、国内旅行、海外旅行、食べ歩きの会、クリスマスパーティーなど折々の会合で会員相互の社交の場を広げていきました。
新しい全人的歯科医療を行う私にとっても「あいしくらぶ」は畢生の仕事になり、いま心の大きな拠り所となっています。
▼ 私は1960年後半より、従来の古典的な対症療法的なコンセプトから抜け出し「健康志向」の歯科医療を目指しました。つまり「予防」から「メンテナンス」までを包括的に行う歯科医療を手掛けてきたわけです。
口の中全体の精密な検査を「人間ドック」のように行い、今まで放置され蓄積されてきた歯科疾患を見つけ、健康で衛生的な口の環境を作る治療計画を立案、これをクライアントに提示して契約に基づく治療を行っています。
▼ まず個人個人の予防プログラムをシリーズで組み立ててこれを徹底的に行い、基本治療から咬合の再構成までシステムとして取り組むという、患者にとって最適の健康管理体制をとってきました。クライアントには定期的なメンテナンスを行うことで、生涯にわたる歯科的健康に責任を持っていくシステムです。
▼ そのために検査の内容、治療計画などのコンセプトを統一し、治療内容も標準化、規格化してシステムとしての歯科治療を行ってきました。もちろん、歯学の進歩により逐次治療内容も改善して予後の向上に努めています。
▼ 偉大な歯科医パンキー先生の「全人的歯科医療」を知り、「何とかこの近代歯科の技術を日本の歯科医療に取り込みたい」と願ってすでに30年の歳月がたちました。
「あいしくらぶ」は川村歯科で初期治療を終了した人々を組織化して20年前にスタートし、当初の会員数538人が2000年現在で2500人に達しています。このうち連続してメンテナンスを受けている人は約1100人になります。
◇「あいしくらぶ」の予防的実績
▼ パンキー先生の「全人的歯科医療」は、歯科医と患者という個人個人のつながりの中で、近代歯科の治療を行うもので、私ももちろんそのコンセプトを引き継いでいます。
「あいしくらぶ」も個人のメンテナンスの継続性を意図して設立したものですが、他面、治療効果を把握するためマス(集団)のデータを捉えることができることも、一つの狙いだったのです。
▼ 会員2500人については、メンテナンスの内容と、その間、歯がどのように健康に維持されているかを、コンピュータがデータとして子細に記録しています。そして、20周年を前に最近集計した「あいしくらぶ」のデータは、私の期待をはるかに越えるすばらしい数字でした。
その中で、メンテナンスを15年続けられた人374人、20年の人339人、25年の人104人、合わせて817人のデータを分析してみました。
▼ それぞれ初期治療を受けた年代別にその推移を見ていったわけです。
その結果、初期治療を若年期(20〜35歳)に受けた人はいずれの経過年数の場合も、その間に失った歯は1本以下でした。平均して25本の歯が 残っていました。
▼ また、成人期(36歳〜50歳)、高齢期(51歳〜70歳)に初期治療を受けた人も15年から25年にわたって年間に失った歯は、十分の一本以下に過ぎなかったのです。この年代では初期治療の時にはすでに何本か歯を失っている人が多いのですが、それでもメンテナンス期で歯を失う率は大変に低く、先進国の水準を抜く数字でした。もちろん、日本での平均の残存歯数とは、比べようもないほど大きな格差があります。
▼ 川村歯科では、このデータに基づいて次のような結論を得ました。これは、予防的な包括的歯科治療を受け、その後の定期的なメンテナンスと家庭でのプラックコントロールを確実に実行することを前提にしています。
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@ 小児期より定期的なメンテナンスを成人になるまで継続して行ったときは、ほぼ百パーセント8020を達成することができる。
A 35歳までに初期治療を受け、メンテナンスを継続することにより8020を達成することは可能である。
B たとえ35歳以降に初期治療を受けても、メンテナンスを継続して行えば少なくとも8015の可能性がある。
C これらを達成させるためには、家庭での徹底したプラックコントロールの実施とそのための継続的なモチベーションが必要である。
D 歯周病のコントロールには適度の間隔をおいて、定期的な専門家による歯口清掃が有効である。
E あらゆる年代においても、できるだけ歯髄を保護することによって老人期の歯の喪失を最大限防ぐことができる。
・あいしくらぶ
▼ かつて、スウェーデンのアースタッドという街で、イエテボリ大学のアクセルソン博士が一つの実験をしました。住民360人と大学との契約で行われたこの実験は、歯科治療の15年間の追跡調査です。
まず、参加者に歯科の初期治療を行ったあと、プラックコントロールを家庭で忠実に実行させ、アースタッド予防歯科研究所で衛生士の手によって口の中を清潔にする清掃を定期的に行いました。そして15年後に、その結果を集計しました。
▼ 私たち「あいしくらぶ」と全く同じシステムです。
アクセルソン博士の実験では、若年期、成人期、高齢期の全ての年代を通じて「近代歯科医療」の受診者の歯牙喪失率が非常に低かったことが報告され、博士は世界的に大きな評価を受けました。
▼ 実は私たち「あいしくらぶ」の20年間のデータも、このイエテボリ大学の実験結果と同じレ ベルの優れた成績だったのです。しかも「あいしくらぶ」の成果のすばらしいことは、実験としてではなく会員の人たちが自主的にメンテナンスを受けて出した結果であったことです。クライアントであるメンバーに、専門家の我々が協力して出来上がったデータです。
自主的に行われた受診のデータが世界の水準を抜いた事実を私は非常に誇らしく思うと共に、会員一人一人に対して感謝したい気持ちがいっぱいです。
▼ 思えば「近代歯科医療」を目指した私のイバラの道を、表裏でしっかりと支えてくれたのが「あいしくらぶ」でした。川村歯科での歯科診療と「あいしくらぶ」は両輪の輪として、私の歯科診療の全ての歴史を刻み込み、私のライフワークとなりました。
私はさらにホリスティック歯科協会(HDA)を結成して「グッド・スマイル」の名のもとに全国ネットワークを作り、近代歯科の国内定着をはかりました。いまHDAの歯科医達は全人的(ホリスティック)歯科医療の臨床に日夜励んでいます。
▼ 新しい私の夢は、「あいしくらぶ」とこの「HDA」がこれからの近代歯科医療の両輪となって全国的な広がりを見せ、全ての日本人が健康な歯で豊かな人生が送れるようになることです。この夢を担って、今「ホリスティック歯科研究所」と「川村歯科研究所」で教育を受けた若い歯学徒達が、次々と日本各地に巣立っていっています。
▼ 厚生省も歯科医師会も8020という目標を国民に掲げています。私はこれを機会に、歯科医療を今までの小手先だけの技術ではなく、一つの科学に脱皮させていくべきだと考えています。
そのことによって、歯科医療が多くの人のクオリティ・オブ・ライフにつながる真の医学となり、国民の信頼をかちとっていく道になると信じています。
8020への挑戦
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