川村泰雄著
 

■歯科的年齢

歯が悪くなっても正しい治療を受けなかったり、古典的な治療のつぎはぎを繰り返している間に、年と共に歯は失われていきます。多くの人たちはそのことにほとんど疑問を感じていないで、当然の成り行きとあきらめているようです。

「全人的歯科医療」の先駆者パンキー先生は、歯が悪くなっていく過程を若人期、成人期、老人期に分類してそれへの対応を教えています。もちろん、この分類は歯の疾患の進行を示すもので暦年とは関係ありません。

 


◇若人期での対応
若人期のステージは、小さな虫歯が数本あり歯肉も少し充血している段階です。 この人たちには、口の中にたまっている歯石などをきれいに清掃してプラックコントロールが口の隅々までできるようにします。

虫歯の穴はよく消毒した上で金属(前歯部はプラスチック)で完全に密着するように充填していきます。金属と歯の間にたとえ百分の一ミリでも隙間があれば、小さな細菌の住みかとなる可能性がありますから注意深く行う必要があります。
細い隙間に歯はブラシもフロスも届かないわけですから、不完全な充填では虫歯の再発や歯周病の発病を招くことになります。それだけに充填物の精密さが必要で、 いかに隙間なく密着させるかという点に、高度の歯科技術が要求されます。
このように虫歯の穴を詰めるだけでなく、再発防止など予防的な考えのもとに治療を行うことを「予防治療」というのです。

虫歯が相当進行し歯の中の歯髄近くまで及んでくると冷水がしみたりするようになります。こうなると、古典的な治療法では、歯髄が健康であっても後腐れのないように歯髄をとってしまう方法が普通でした。
しかし歯髄というのは歯にとって大変大切なものなのです。歯の根の先に小さな穴があり、そこから血管や神経が連なって歯の真ん中の細い管に延びています。その上、歯髄自体の細胞が歯に栄養を補給して歯を養っています。歯の新陳代謝の役割を歯髄は受け持っているのです。
しかし、歯痛が起こると俗に「歯の神経」といわれる歯髄のせいにされて、「神経を抜く」という言葉のように健康な歯髄までも歯科の治療で除去してきました。歯髄がなくなった歯には栄養がいかず、いわば「枯れ木」と同じ状態になります。

また歯髄を取った場合でも、空洞になった「根管」の中は良く消毒して薬剤で密閉し細菌が生息しないようにしなければなりません。この治療も相当の技術が必要です。
歯髄を失った歯と、生きている歯を比べるとその予後には大きな開きがあります。生きている歯は、虫歯で侵された象牙質からの刺激によって歯髄の中で第二次象牙質を作っていきます。

この再生能力で歯はさらに生き続けます。 虫歯になってもできる限り歯髄を保存して充填することは、歯を長持ちさせるために大変大切なのです。このような処置をしますと、しばらくは冷たい水などがしみることがありますが、日数がたてば自然に和らいできます。第二次象牙質の生成によって歯髄が自分の力で歯を保護していくからです。

歯科医はその場限りの対症療法的な処置をするのではなく、常に予防的な考えに基づいて患者の治療に当たらなければなりません。

このあと若人期の状態から成人期に入らないように管理していくことになりますが、おそらくプラックコントロールを毎日欠かさず、6ヶ月に一度の専門医のメンテナンスを継続していけば、その人は一生涯歯を失うことはないでしょう。

 



◇成人前期での対応
若年期の状態をそのまま放置しておくと、虫歯は進行して歯髄に及び、細菌によって侵された歯髄は腐敗し壊死します。パンキー先生のいう「成人前期」です。歯髄が壊死すれば虫歯が進んでも痛みを感じなくなります。このため気づかずにさらに放置することになって、歯はボロボロと欠けはじめ歯根だけの状態になります。そのような歯が数本でてくると口の中は一段と悪化していきます。

歯と歯肉にたまったプラックに住みついた細菌の毒素で、歯肉が炎症を起こし出血したり腫れたりしだします。歯周病の症状です。
やがて歯肉だけでなく歯を支えている骨までも炎症を起こして破壊されていきます。歯根はその支えの骨を失って歯がグラグラと動き、食べ物を噛んだり話したりするのが不自由になります。
この段階になっても適当な処置をせずにその場限りの対症治療だけを続けていると、口の中だけでなく全身症状に悪い結果を招くことになります。

成人前期の歯の治療には少し時間が必要です。まず全顎18枚のレントゲン写真を撮影して患者の歯型模型を作った上で、口の中を入念に検査していきます。虫歯の状態、歯根、歯肉、歯槽骨の状態をよく調べてこのような状態になった原因を見つけだします。
原因を取り除いて口の中の衛生状態をよくするのが先決です。患者にはプラックコントロールによる手入れ法を指導して毎日口の清潔を保つようにしてもらいます。
虫歯や歯周病の治療を行うと共に、保存の見込みのない歯を抜歯して基礎的な治療を完全に行っていきます。破壊された歯や失われた歯の箇所はブリッジと冠で修復していきます。

健康な口を作り上げたあとは、若年期と同じようにプラックコントロールとメンテナンスによって、今後、成人後期の状態にならないよう一生涯維持管理していくのです。

 


◇成人後期での対応
このステージになると、すでに5,6本以上の歯が失われて歯周病も相当悪化してきています。今まで古典的な歯科治療が長期間行われたため、口の中の衛生状態も非常に悪く、多くの歯の歯髄が除去されて歯根の先に病巣ができている状態です。
「成人後期」では上下の歯並びも、乱れてきます。咬合の調和の狂いの影響で、顎を動かす咀嚼筋やそれを司る神経も変調を来し、顎関節もずれてきています。

このように咬合を中心とする頸部、頭部、背部の筋肉や神経にまで変調が及んで、知らず知らずのうちに慢性の頭痛や肩こりを引き起こしていきます。
成人後期の症状を放置しておきますと、歯列は確実に崩壊し歯も次々と失われて歯科年齢の「老人期」を迎え、総義歯になる確立が非常に高くなります。

この段階での対応は一連の完全な検査を行うと共に、緻密な治療計画と予防計画を立案することから始まります。

患者に対しては、プラックコントロールの徹底と栄養指導を行い、自分の健康を作るためのライフスタイルの改善と、自己責任を育てることの必要性を自覚してもらうわけです。
歯科医は口の中の衛生状態を改善するために、望みのない歯は全て抜歯し、不良の修復物を取り除いて「食べかす」がたまらない衛生的な仮の修復物と入れ替えます。

進行した歯周病は、歯と歯肉のポケットの部分の歯石や、細菌で汚染されているセメント質をきれいに研磨し、疾患部の治療を完全に行います。

歯根の先の病巣も歯の根管を消毒して無菌化し、根端孔を薬剤で閉鎖密閉することで治療し、歯髄を失ってもろくなった歯は金属の支柱を立てて補強します。

不調和になった咬み合わせは、プラスチックでできた「マウスピース」(咬合スプリント)を歯列の上に入れます。これによって、上下の顎の咬み合わせが均等になるように修復され、下顎関節のずれが正しい状態に戻されると共に、咀嚼筋や神経の緊張も取り除かれるわけです。これを雛形にして上下の修復物を改めて作り、顎口腔系の組織の調和がとれるよう咬合を再構成していきます。

取りはずしの部分義歯を入れなければならない場合もあります。しかし口の中に義歯を入れると、どうしても義歯と歯肉の隙間に「食べかす」がたまりやすくなって不衛生になる傾向があります。歯周病が起こりやすいこの部分がいつも清潔に保たれるように配慮して部分義歯は仕上げなければなりません。
また、義歯には口の中で固定できるように「バネ」をかけなければなりませんが、義歯にかかる力によって「バネ」をはめた歯に負担がかかりすぎると肝心の歯を弱めることになります。歯に負担をかけないよう義歯の設計は入念に行う必要があります。

衛生的でしかも咬合のバランスがとれた衛生的な口が完成したあとは、この状態をいつまでも保つようにメンテナンスと維持管理を定期的にしていきます。

 


◇老人期での対応
成人後期の状態をそのまま放置しておきますと数年のうちに老人期に入り、15,6本以上の歯を失って、残る歯は数本以下になってしまいます。歯周病も進行し、虫歯が歯根まで侵して抜歯しなければならない状態に追い込まれます。しかしこの状態になっても、残されている歯はできるだけ保存するように努めなければなりません。

また、不適合な義歯による異常な咬み合わせのため、顎骨と歯肉が圧迫されて血行が悪くなり、顎骨が吸収される症状が起こる場合があります。このため義歯にかかる咬合圧が顎骨に均等にかかるように、咬合(咬み合わせ)を正しく構成する必要があります。

多くの歯を失って咬合の不調和を起こすと、顎関節の異常につながる危険性が生じます。したがって「老人期」になったとしても、顎骨の保護、顎関節の保護を配慮した予防的処置を講じなければなりません。口の中の健康を保つためには、いかなる段階でも「予防 」という考え方が必要になるわけです。

年をとると歯とそれを支えている歯周組織(歯肉、歯根膜、歯槽骨)が感染症に侵されやすくなります。以前は、それは仕方のないことで避けて通ることのできない老化現象だと思われていましたが、早い時期、たとえば「若人期」に予防的な治療をしてそれを維持すれば、一生涯「若人期」を保つことができるのです。

「成人期」に予防的な治療を行えばそれまで進行していた疾病を止め、今手に入れることができる最善の健康状態を作り出すことが可能なのです。口の中の不快感や食事の時の不自由さ、しゃべりにくさ、口元の醜さ、口臭など全てが改善されて、「クオリティ・オブ・ライフ」を手に入れることができるのです。

歯科的健康を手に入れることにより、一生涯すばらしい「クオリティ・オブ・ライフ」を続けられるのですから、人生にとってこれに優る財産はないはずです。


あいしくらぶ 


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