川村泰雄著
 

■「命の根幹」歯を守るには

◇感染症
命の根幹である歯が失われるのは老化であると思われているようです。老いることの最初が歯で、次が目であると云われていますが、歯を大切に日々の手入れと歯科医に定期的に訪問するだけで歯は一生涯他の臓器と同じように人間の寿命と共にあると云う事です。歯が失われるのは、それは虫歯であり歯周病ですが、これらの病気はみな感染症なのです。 もう年なんだから歯は抜けたり弱ったりするのは当然、と思ってあきらめている人は意外に多いようです。

歯が失われる原因は老化ではないのです。年をとると髪の毛が白くなったり、顔に皺やシミができる、これは老化現象で、いくら肌の手入れをしても防ぐことはできません。しかし歯や、歯を支えている歯肉は適切に手入れさえ怠らなければ、たとえ百歳になっても全く損なわれることなく立派に生き続けると云う事を知っておられるでしょうか。 年をとって「歯抜け」になるのは先進国の中で日本人の場合は際だっており、80歳ではほとんど歯をなくします。アメリカでは平均15本、スウェーデンでは80歳で25本の歯を残しているというそれと比べると雲泥の差です。それはなぜでしょうか。 「歯抜け」の原因は虫歯と歯周病です。しかしこれらの歯の疾患がいずれも細菌の感染症であることはあまり知られていません。

暖かくて水分のある口の中は細菌にとって住み易く、繁殖に適したところです。無数といえるほどの種々の細菌が口の中でお互いバランスを保ちながら住み分けているのです。この中には人間の身体にとって有害のものもあれば役に立つ細菌もあります。口の中を無菌室にできない以上、この細菌をいかに上手にコントロールして細菌と共存していくかをはかっていくかと云う事です。

 


 


虫歯について

19世紀後半、細菌学の黄金時代が、パスツールによって多くの病気が細菌によって起こる感染症であることが解明され、コレラ菌、結核菌、ジフテリア菌、赤痢菌、ペスト菌が相次いで発見されて幕が開きました。

ウィロビー・D・ミラーが虫歯の原因についてミラーの化学細菌説を発表したのもこの時代の1889年(明治22年)のことでした。 彼は「歯の間に付着している細菌が虫歯を発生させる」という細菌説を初めて唱えた人です。細菌が食べ物の中の含水炭素を発酵させて酸をつくり、その酸がエナメル質を溶かすという学説です。

それまでは「虫歯」という名前のように虫が歯をかじるのが原因だと考えられていたのですから、細菌が特定できなかったとはいえミラー説は画期的であったわけです。 「ミラーの化学細菌説」から30年後、1920年(大正9年)頃になると「細菌の正体は酸を発酵させる乳酸桿菌ではないか」という説が有力になります。しかし科学的に証明されることなく、さらに30年の月日が無為に流れました。
 



日本および米国の年齢階級別1人平均現在
歯数(高齢者、永久歯)

年 齢
階 級

日 本 米 国
1985年
1981年 1987年
60〜69 10.3 11.5 18.1
70〜74 7.5 7.8 17.7
75〜79 5.1 5.5 16.8
80〜 3.6 4.0 15.1
総数 7.7 8.2 17.2
(単位:本)
厚生省、歯科疾患実態調査
Oral Health of U.S.Adults, NIDR 1985

 

 
細菌の培養技術は大幅に進んだというのに、長い間なぜ虫歯の病原菌だけが特定できなかったのでしょうか。その原因は虫歯をつくる細菌は誰の口の中にも住みついている常在菌だったからです。患者の体の中に見つかる一般伝染病の病原菌とはここが大きく違うわけです。

口の中には様々な種類の細菌が無数に住んでいます。常在菌はふつうは全く「わるさ」をしないので、むしろ有害なバイキンが外から入ってくるのを防ぐ役目を果たしています。 しかしその一部の菌があるとき突然に活発な活動を初めて身体に有害な働きを起こすわけです。こっれを日和見感染と云います。

多くの細菌の中から虫歯菌を見つけだすのが難しかったのはこの理由です。 問題解決したのは、無菌動物の飼育ができるようになった1955年(昭和30年)以降のことです。ふつうのラットに砂糖を含んだ餌を与えると虫歯ができるのですが、無菌飼育のラットは砂糖入りの餌でも虫歯にかからなかったのです。 虫歯の原因は細菌であることがしっかりと証明されたわけです。 そこで口に住んでいる常在菌の中から一種類ずつ分離して無菌のラットの口に入れ、虫歯ができるかどうかを確かめていきました。

この結果、虫歯の病原菌が数種類見つかりました。中でも連鎖状球菌の一種「ミュータンス」が最大の原因であることが分かったのです。ミュータンスは砂糖が特に好きで、糖分を発酵させてベトベトした粘液(デキストラン)を出して歯にへばりつきます。そして酸を出しながら石灰質である歯を溶かして虫歯をつくっていくのです。このようにして虫歯菌がつきとめられました。ですから、抗生物質などを歯磨き剤に入れれば問題は解決しそうに思えます。しかし唾液で薬物がすぐ薄められてしまうため、殺菌するだけの濃度を長時間保つことはできないのです。いろいろ方法が試みられましたが、現在ではどれも決定的な効果は上がっていません。
しかし従来の歯ブラシの使い方では役に立たないことだけは明らかです。70年前のレベルで虫歯予防を考えることをまず捨てなければなりません。 いかに科学的に虫歯菌と戦い、細菌を退治するかが問題になります。
 
  ムシ歯の進行  
       
 

1.歯に付着した食物に細菌が増殖し、酸が産出される。その酸によってエナメル質は溶解され、象牙質に及ぶ。

2.象牙質の虫歯は急速に進行し、穴は大きくなる。  
           
 
3.虫歯が歯髄まで達する。 4.細菌が歯髄に広がり根の先に膿瘍が形成される。  

 


◇細菌との闘い
今まで歯を磨いているのに虫歯になり歯周病になるのを歯ブラシの使い方のせいにしていました。
それにまず疑問を持ったのはデュレン大学(アメリカ、ミシシッピー州)医学部のバス教授でした。彼は歯科医ではなく、マラリア病原体の研究者でした。 1941年(昭和16年)に大学を退職すると彼の研究テーマとして歯の病気を選びました。

それは人々を悩ませているとともに、彼自身を一番苦しめていた病気だったからです。 歯科医から歯ブラシの使い方を教えられて正しく使っているのに虫歯が進行していく、おかしいと感じた彼は、口の中の細菌のことをもっと研究しようと思いました。 研究の結果、口腔細菌は直接歯に侵入することなく、歯にへばりついた「プラック」という細菌の塊になって初めて虫歯や歯周病をつくることが分かったのです。 まず、歯に唾液が薄い膜のように付着し、その上に転々と細菌が住み着きます。細菌は増殖しながらゆっくりと広がっていき、やがて歯の表面全体を覆うようになります。さらに唾液の中のタンパク質や無機塩分が重なって細菌は幾重もの層をつくり、そこに無数の細菌が活動する小宇宙ができるのです。これがプラッグです。しかし歯の表面全体に住み着いたプラッグは頬や舌の動きによりこすれてとれていきます。ただ歯と歯の隙間、歯と歯肉の間や歯の噛む面の溝の中ではいつまでもこのプラッグはへばりついているのです。毎日歯ブラシを使うのはすでに頬や舌によってこすられてプラッグのないところを磨いていると云う事になります。この「細菌の塊」は歯と歯の間、歯と歯肉の間という毎日の歯ブラシの届かないところに多く付着すると云う事です。従って毎日の歯ブラシは有効でないのは当然の事です。
「食後の歯磨き」では永久に歯ブラシの届かない場所にプラッグは潜んで、歯と歯肉を侵し続けます。

毎日の食後の歯ブラシが虫歯や歯周病の予防に有効でないことがおわかりになるでしょう。しかし、バス教授はこのプラッグをコントロールする方法を見つけました。 一つはフロスを使う方法です。細いナイロンの糸を歯と歯の間に入れ、歯の隙間をそれぞれ数回ずつこすってプラッグを分裂させます。

もう一つは、歯と歯肉の間に1ミリの五分の一(0.007インチ)という細い毛の先を丸くカットしたブラシの毛先を入れます。その溝の中に45度の角度に入れるのが最適でしょう。そして軽く振動させる方法です。プラッグをとると云うよりもバラバラに分裂させるつもりで動かすのです。

プラッグは分裂した後、再び細菌がプラッグを作り酸や毒素を出すまでに24時間かかることもバス教授は見つけました。つまり、虫歯や歯周病を予防するには1日1回プラッグを分裂させるだけで充分なのです。彼の研究の成果では、今までの歯磨き法に変わってフロスが口の手入れ法の主役と考えられるようになり、歯ブラシは脇役になりました。 次にニューオーリンズのアーニム先生は、位相差顕微鏡を使ってプラッグの中の生きた細菌を観察し、その特性を発表しました。

プラッグの中の細菌はデキストランというネバネバした粘液を出してプラッグを覆い、歯に密着し、しかもこの粘液によって外界から遮断され、その中で小宇宙を作り、菌は増殖していきます。粘液で守られたプラッグは水の侵入を許さず、唾液によって薄められることはありません。しかし砂糖(蔗糖)だけはその粘液の中にしみこみ、細菌の餌になります。細菌は糖分を分解し、酸を老廃物として外に排泄します。歯の成分はほとんどが石灰質ですから、酸に侵されて溶解し、虫歯の穴を作るのです。
 
ブラッシング バス法

 


◇<歯周病について
もともと口の中には三百種類以上の微生物が住み分けています。粘膜、舌、歯、歯肉溝(歯と歯肉の隙間)の中など、自分の住むのに条件のあった場所にそれぞれ群を作って住んでいます。そのあり方は千差万別、途方もなく複雑で、生きていくための栄養素も群ごとに異なっています。温度はいつも三十五度から三十六度、水分も酸素濃度も、PHも理想的。場所によっては炭酸ガス濃度も適度にあるわけですから、微生物にとっては「エデンの園」。 好気性菌、嫌気性菌のいずれも棲み分けでき、好みの場所で発育し、増殖します。 歯肉溝に住み着く細菌群は組織液の中の栄養素を餌にします。また、歯肉溝は袋状になっていて、歯の組織群とは種類も性質も全く異なっているのです。歯周病の病原菌は一種類ではなく、いくつかの細菌による複合感染です。やっかいなのはこれらのいずれも口の中の常在菌であると云う事です。

常在菌は、ある場合人間の免疫を高めたり、有害な侵入菌と戦ってこれを殺したりして身体のために役立っているのです。それが突如「わるさ」を始めて害を及ぼすことになります。プラッグはちょうど蟻の巣と同じと考えたら良いでしょう。

蟻の巣の中に棒を入れてかき回すと蟻は散り散りになって逃げ、姿を消します。しかしまた、しばらくすると蟻はもとの場所に戻って壊された巣を元通りに修復します。蟻は再び餌を求めて育ち、数を増していきます。これと同じように人間の口の中では歯と歯の間や歯と歯肉の間のプラッグという巣を細菌が作っています。これをフロスや歯ブラシで巣を蹴散らしてコントロールすると無毒化することができるのです。いってみればいたちごっこかもしれません。また細菌がプラッグという巣を作り成熟すると「わるさ」を始めます。でも前述したように新しいプラッグができるまでに24時間かかります。ですから1日に1回フロスや歯肉ブラシで巣の中に踏み込めば、プラッグができず細菌が増殖したり害を与えることはないのです。
 
フロッシング (フロスの正しい使い方)
 
まず、フロスを15〜20センチに切って、輪にします。   デンタルフロスは、よりのないナイロン糸です。これで歯と歯の間のあの恐ろしいプラッグをとり除くのです。
         
その輪を、両手の薬指、中指、小指を使って保持します。     歯ブラシで大体のプラッグをとり、あとに残ったプラッグをフロスで完全にとり除くと大変効果があります。
         
親指と人差指でフロスを歯と歯の間に、のこぎりをひくようにそっと入れ、上下に5〜6回づつ両方の歯をこすります。     歯ブラシは食後、フロスは夜ねるまえに一日一回でよいのです、フロスは歯科医院や、薬局にあります。

ここで重要なことは口の中の細菌はなくならないという事と、細菌がプラッグを作らないようにコントロールすることです。

従って食後歯を磨く習慣を変えて、歯と歯肉の隙間を隅々まで丁寧にコントロールすることが虫歯を予防し、歯周病の予防や治療になります。
食後毎日歯を磨いていたのに歯が悪くなる、それは歯と歯の間、歯肉と歯の間の隙間のプラッグがコントロールされていないからです。また、歯磨きクリームもこれは1匹の細菌も殺さないと云う事です。プラッグコントロールは歯磨きクリームも不必要なのです。歯を磨くという言葉を日常語から追放する必要があります。

それとともに歯科医は「70年もの間人々に食後歯を磨けと言い続けてきました。それは全く誤りでした。そのことで虫歯や歯周病は予防できなかったのです。」と謝罪すべきです。
今のところ歯周病菌はまだ特定されていませんが、歯周病が進んできますと歯肉のポケットに住む細菌の種類に変化が見られ、酸素を嫌う嫌気性の細菌などが増えてきます。 歯肉ポケットに糊状の食べカスが入りとれないと、それが腐敗します。歯周病はまず食べカスが腐敗して細菌の塊となり、そこから産出される毒素で歯肉の炎症をこします。それが次第に歯を支えている歯槽骨に波及し、骨も病気になって溶けてしまい、歯が動き、ついには抜け落ちてしまいます。

歯の根を支えている骨がなくなるわけですから、歯は支えを失ってあれだけ強固に支えられていた歯がゆるんで動きだし、抜けてしまいます。 歯周病になるとまず歯肉から出血しやすくなります。口臭がします。たびたび歯肉が腫れます。噛んだら痛みを感じます。歯が動いてくるのです。


  歯周病の進行  
   
       
 

1.歯と歯肉の間に食べかすがたまり、細菌によって腐敗し、毒素が産出される。その毒素によって歯肉の炎症が始まる。

  2.歯肉は腫れて、軟化し、感染が進行する。  
             
 
3.処置されないと炎症が広がり、歯と歯肉の間のポケットが大きくなる。このポケットに細菌と膿がたまる。   4.次第に歯を支えている骨が破壊され、歯が大きく揺らぐ。  

 


・歯周病の治療
歯周病の治療は細菌との戦いです。まず、歯と歯肉の隙間の歯周ポケットをいつも清潔に保たねばなりません。また、歯肉の抵抗力を付けるために毎日の食事の栄養に気をつけ、バランスのとれた食事をとることです。さらに全身的な健康も大変重要になってきます。特に糖尿病などになりますと罹病率が高いようです。
治療には家庭内でする療法と診療所で受ける治療法があります。

*家庭でする療法 *
家庭でする療法歯周病の治療で一番大切なことは家庭内でのあなたのお手入れなのです。 それは歯と歯肉の隙間に住み着いている細菌の塊(プラック)は細菌の小宇宙です。その中で種々雑多な細菌が共存共栄しています。そのプラックをブラシやフロスで分解すると無毒になります。細菌が集団でなく、バラバラの状態であれば無害なのです。しかし24時間たつと細菌はまた集団を作り、悪さを始めます。ですから、一日一回ぷらっくをコントロールすることが大切です。

*診療所でする治療 *
歯科診療所での治療は口の中の衛生環境を良くすることです。それには

@ 治療で一番大切なことは診療所で指導する日常のプラック・コントロールが最も効果的な家庭での療法です。

A 歯石を取ること

B 口の中の修復物で食べカスのたまりやすいところがあれば、その部分を清潔でものが溜まらないものに変えることです。

C 歯周ポケットの中の歯根の上についている歯石を根気よく丁寧に衛生士によって取り除き、歯の根をツルツルになるまで滑沢でメッキしたような状態にまで磨き上げることです。これらは口の中を4つに分けて四分の一ずつ一時間もかけて行われます。

D 歯周ポケットが深く、歯ブラシやフロスでプラッグコントロールができない場合は、歯周ポケットを外科的に浅くして深いところにある歯石を取り除き、プラックコントロールをしやすくします。

E 歯周病でもう一つ大切なことは咬み合わせです。歯の支えを失うと歯にかかる力が他のよりも強くかかったり、歯に斜めの力が加わると歯はより動いてしまうので、歯に特別強い力がかからないように、また歯の長軸に対して真っ直ぐに噛む力がかかるように調節しなければなりません。

このように家庭の手入れと診療所での治療と相まって歯周病は治っていきます。しかし、これで治ったと安心して放っておくと、また悪くなってしまいます。いつまでも自分の歯を歯周病から守るためには少なくとも一ヶ月から三ヶ月に一度診療所を訪れ、衛生士によって専門的に口の中をクリーニングしてもらうことです。当然のことですが、家での手入れを完全にしてもらわなければなりません。

 


咬合ストレスと口の健康 


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