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▼ 臼歯を使ってしっかりと咀嚼をすることはゆっくりと食事を楽しむと云う事です。単に動物が餌をとって生命を維持するのではなく、人間らしく甘み、辛み、苦み、渋み、酸っぱさ、食材や調味料で作り出す食べ物の微妙なハーモニーはまさに味覚の魔術ですが、これを引き出すことができるのも口の中のすべての機能が健康であればこそです。
もともと日本人は繊細な味覚の持ち主と云われ四季折々の素材をうまく生かして味わってきました。竹の子の歯触り、胡瓜のさくさくとした歯切れの音、酢蛸やイカの塩辛の歯ごたえ、豆腐の柔らかい舌触りや芋の粘りの感触…。
▼ 日本料理は口の感覚だけでなく色彩や形、触覚、香り、音までを味覚の中に取り込んできたのです。そうして今、世はグルメ時代。街には世界の料理が軒を並べ、テレビは連日のように料理番組を流しています。食材の豊かな中国料理、ソースのうまいフランス料理、チーズとパスタのイタリア料理等々食べるという本能の貪欲さを越えて人生最大の楽しみをお膳立てしてくれます。
▼ 前歯で牛肉を切り裂き、奥歯で噛み砕く、唇をすぼめて熱いスープをすする感触、暑い夏に口にする冷菓の冷ややかさ、のどごしのビールのうまさ、いずれも幸福のひとときです。
この至福のひとときは、歯、歯肉、歯根膜、歯を支えている歯槽骨、唇、頬、舌、口蓋、咽喉、目、耳、鼻、これらのすべての総合芸術であるのです。そうしてそれらのすべての刺激は脳の体性感覚野で受信するわけです。このことは脳を活性化することになるのです。
大島清先生は食脳学の中で次のように述べておられます。
▼ 「新鮮な鰹のたたきを食べたとする。味、匂い、そうして食感、それだけではなく目で楽しむ。 この情報は脳の体性感覚野から前頭葉に伝わり、そこで以前食べたカツオとかマグロなどの味と総合的に比較される。「うん、これは以前食べたどのたたきよりもおいしい」この感想は視床下部に伝わり、海馬の記憶と合わされ、そこから好き嫌いを司る脳である扁桃核や快感を司る測坐核などに伝わる。おいしいという感覚はそれが好きだという気持ちに扁桃核で「翻訳」されるのだ。また食べたいという欲になって測坐核で肯定的エネルギーとなる。そうして快感となってA10神経を通して全脳全身に伝わる。快感神経からベータ・エンドルフィンが分泌されるのだ。ホルモンが体内に分泌され、また自律神経もその同調を高め、全身いい気分に浸される。それだけではない。全身で感じた快感が再び前頭葉を刺激することでまた食べたいと強く思うようになる。快感は繰り返し求められる。」
▼ その結果、 「そうだ、土佐にカツオの皿鉢料理がある。今度の週末恋人と土佐に行こう。」こんな発想となるのかもしれない。口に入れて食べたという事実を出発点とした情報が脳と全身の応答によって人間ならではの行動として旅にまで行き着くのだ。」
と書いておられますが、良い歯で食事を楽しむことが深い精神活動につながり、人間をいつも生き生きとクオリテイライフを楽しむことになるのです。
▼ 噛むことは精神的にも大きな意味があります。命を維持するために食べると云う事は大切であることは云うまでもありませんが、それは性欲よりももっと原始的な本能です。食物を口に入れて噛んで嚥下する食を求める衝動、それは何かを咀嚼したいという咀嚼欲(河村洋次郎)にもつながります。野球選手がバッターボックスにたってチューインガムを噛むのも、また子供が何か口の中に噛むものがあるとおとなしいのも咀嚼欲を満たされるからなのです。歯が失われ咀嚼が不可能になったとき、その精神的な欲求不満は大変なものです。
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